自転車の空気を入れる

家賃6万6千円、1Kのアパートに住んでいます。安い割に部屋は綺麗で、欲しい家具と家電を狭い部屋に持ち込み、好きな本を枕元にたくさん並べて満足の行く部屋になっています。

 

唯一の欠点が、駅から中途半端に遠いことです。歩いておよそ15分。ギリギリ歩ける距離ですが、今は自転車で駅まで毎日出ています。明るい緑の折り畳み自転車で、折りたたんだことは一度もないですが、派手でかわいいので駐輪場においてもすぐにわかります。

 

朝起きていつもの時間に自転車に跨り、駅に向かおうとするとタイヤの空気が全部抜けていることがあります。そういう時もあるかと最初の一回目はスルーし、二回目なった時はパンクを疑い自転車へ持っていくも何もなっていませんでした。

ただ空気の抜けた自転車をパンクだと言って担ぎ込み、チェックしてもらうい、空気が入っていないだけなので無料の空気入れで空気を入れて帰る。ものすごく気まずかったです。

 

恐らく誰かがいたずらでやっているのだと思います。お酒飲んで解らなくなった人が私のかっちょいい自転車が目に留まり、地面まで膝を付け、バルブを車輪の下側にする為にちょっとだけ浮かしながら回し、手を汚しながらちょっとだけ緩め、空気を抜いて喜んでいる人がいるのです。

 

3回目の空気が抜けた時、私は空気を入れる場所を考えました。

自転車屋に行けば無料で空気を入れることが出来ますが、夜に何も買わずに空気だけ入れる気まずさを味わいたくないので、他の手段を考える中で思いついたのが、駐輪場に空気入れが置いてあるパターンの集合住宅で少し借りるという案です。

あまりの妙案にすぐに家から飛び出しました。空気の抜けた自転車を推すのは汗をかくので、銭湯に向かいながらいい塩梅のアパートを探しました。

 

置いてあるところはなかなかありません。だいたい置いてあるのは箒とチリトリばかりです。6件目の築30年ぐらい、6階建てくらいの赤い外壁のアパートに空気入れがあった際は嬉しいのと同時に、自分の読みが合っていたことに安堵しました。

 

誰にも見られずそっと入り、立ち去る予定だったのですが、空気を入れ始めると非常階段から人が降りてきました。カッコいい自転車に空気入れてるけこのアパートにこんな人いたのかなと思われると嫌なのでこのアパートに住んでいますという顔をしながら空気を入れました。

 

非常階段から出てきたのは、私と年の変わらないカップルでした。ダル着で財布を持って二人で楽しそうに出かけて行きました。

疑われるかもと思ってびくびくしていましたが、まったく見られることがなく、むしろ見せつけられました。自分の家でもない所で、手を黒くし、ポンプを必死で押し汗をかいている自分と、同棲しコンビニへ行って甘いものとゴムでも買って家で楽しむのでしょう。空気入れを見つけた時はウキウキでしたが、彼らとの差でつらい気持ちになってしまいました。

 

空気が入った自転車は心と裏腹にすいすい進みましたが、銭湯に浸かって、上がった後に牛乳を飲んでも気分はすっきりしませんでした。家についてから空気入れはAmazonで買いました。