「三密」と「新しい生活様式」

独り身で在宅勤務を続けると社会との繋がりが仕事とテレビ、SNSのみです。

外の世界と触れる事がない温室育ち。2か月の外界との接触を限られていました。だからこそ、家で読書したり、映画見たり、テレビ見たり、だらだらSNSをみたり、それこそブログを始めたりしていました。

 

今週から通常勤務と在宅勤務を選べるようになり、あまりオフィスに来てほしくないけど来ないのはサボりでは?という上司の不思議な圧力を受けながら、週3会社、2は在宅という勤務形態に今後は落ち着きそうです。

 

会社に行って驚いたのは表題通り「三密」「新しい生活様式」という言葉の浸透力。

後にも先にもソースがなく、私の脳内での情報だけで話をしますが、おそらく清少納言が「近頃の若者の言葉遣いはなっていない」という旨の発言をしていたみたいな話があったと思います。言語は常に進化していきます。用法だって変わりますし、必要となる語彙数も変わります。ユーキャンだって飽きずに流行語を探すし、広辞苑だって新しい見出しが増えるわけです。

 

上記の言葉の内容に対して異議を唱えたいのではなく、日常会話にて急激に馴染むことの違和感を感じました。

 

この情勢で外に遊びに行くこともできず、誘うのもめんどくさい空気があります。(ここはまた別日にたくさん書けそうです。)

つまり一番最初に外界と人と面と向かって接触できるのが会社というコミュニティでした。

 

久々の出社は今週の月曜日から。朝が早くて苦しかったけど、取りあえず出社OKになったので行く義務を感じ出社しました。その際に3密だの新しい生活様式という言葉が部長から徹底がありました。言う度にちょっとドヤ顔するのも嫌な感じでしたし、何といってもホントにこの言葉を使って会話をするのかという驚きがありました。良く似た違う世界に来てしまい、日本語に似た違う言語を聞いているのではないかと。

3密も新しい生活様式ももしかしたら僕のイメージしている意味ではなく、食パンとかネズミとか全く別のモノを指しているのではないかといった違和感です。

 

2か月前に会社にいた時はそんな言葉を意識することはなかったですし、そういう言葉は、テレビだったり、新聞だったりで腐るほどみてきたけど、共有することがなかったので自分だけが知っている言葉のような感覚でした。

気が付いたらみんなその言葉がインプットされた世界に来てしまった。つまり自分だけが知っている情報と思い込んでいるのは他の人も知っている。ここ2週間で内側に向けてきた矢印そのものを認知できるようになりました。

ここ2週間で起き得たことは自分だけが知っている訳ではなく、外の世界も同じ時間が流れていたこと、同じように内側に情報をため込んだことがわかりました。

 

つまり、この2週間は他の人も大なり小なり同じように過ごしていたため、きっとブログを始めた人もたくさんいるのではないでしょうか。

きっと友人も始めたはずですし、気になるあの人も、上司も後輩も始めたはずです。どんな文章を書くのでしょう。気になってきたので特定作業に出たいです。

でも、私がそう思うということは他の人も特定に動いているはずです。ブログの中身がばれてバカみたいなことを真面目風に書いていることをバラされればつらい思いする事

間違いいなしです。恐らく新しい生活様式とは個人の特定でマウンティングを取っていく地獄の事を指しているのかもしれません。

気を付けます。

 

 

 

 

今週のお題「外のことがわからない」